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ブラジルのバスは運賃を払うとき、コブラドール(cobrador)と呼ばれる集金係りにお金を渡し、回転扉を潜ることになっているが、この支払いのときに数々のドラマが起こりうる。頻繁にあるのがバス側がお釣りを用意していないことで、50レアルはもちろんのこと20レアル、ときには10レアル札を差し出しても、「釣りがないのでちょっと待ってくれ」と言われてしまう。ちょっと待ってくれというのは、他の客が料金を払い小銭が集まるまで釣りは返せない、ということで自分の降りるバス停が終点ならばその間にたくさんの客が乗ってくるのでまず問題はないだろうけれど、すぐ降りる場合は釣りは戻ってこないこともありうる。「釣りがないからお金はいらないよ」と話の分かる乗組員がほとんどだが、そうじゃない人もいる可能性があるのでくれぐれも注意したい。ここでは釣りがなくて困った顔をするのは、バス側ではなく客なのである。あらかじめ小銭を用意しておくのもやはり客の方なのだ。
うっかり持ち合わせがないまま乗ってしまったときは、他の客に両替してくれるように頼むこともできる。車内の奥からわざわざ助けてくれる人、「お前の10レアルをオレの5レアルと地下鉄の切符1枚(2レアル65センターボ相当)と交換してやる」などという商売っ気たっぷりの人がいたりと様々な人間模様が垣間見れるのもこの瞬間である。
他によくあるのが、いわゆる「タダ乗り」である。タダ乗りが法律上許されるのは5歳以下の子供、高齢者、障害者、郵便局員、警察官ということになっている。しかし実際はそれ以外でも無料でサービスを利用していく人が少なくない。理由はいたって単純。「だってお金がないんだもん」。この一言に尽きる。タダ乗りをする場合、回転扉の下のわずかな隙間をリンボーダンスの要領で潜り抜けることになり、子供ならまだ愛嬌がある。これを大人がやるととにかく格好が悪い。体裁も世間体も気にしないところにしかしブラジル人の強さ、たくましさがある。タダとはいえ、「お金がないから、タダで乗らせてくれ」と一言断る律儀さは決して忘れない。集金係りも嫌な顔をしながらも「分かったから、さっさと乗りな」と見て見ないフリをする。ブラジル人が貧乏人に寛容なのは、金は天下の回り物、ということを肌身で理解しているからなのだろう。タダ乗りを許すバス職員を見ていると、世の中も捨てたもんじゃないなと思う。
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